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 シルクロード  仏教遺跡を巡る旅

第5話 9日目 西安 草堂寺 兵馬俑 大雁塔 さよならパーティ 引越し 10日目 西安 北京(乗換) 東京
9. 9日目 2016年9月1日(木)

 敦煌のホテルのときから朝食は中華の他に洋もメニューに加わり、洋食スタイルに変えた人が多い。私もその一人でここのホテルの洋食はハムやソーセージも中国風の味付でなく食べなれた味だった。牛乳、ヨーグルトもあるし、お腹に優しい食事ができるのがうれしかった。今朝も早めの出発で7 時半にホテルを出たが、道路は朝のラッシュアワー、蘭州より酷い。4車線の一方通行でさえなかなか進まない。マナーも良くないからそんな中でも割り込みするような運転をするから、車から降りて文句を言いにいく人も見かけた。1箇所でバスが停まったままだと思ったら交通事故を起こして、乗客空のバスが停まっていたから混雑に拍車をかけている。そんな訳でそう遠くもない草堂寺に着いたのは9時半だった。ここは鳩摩羅什の眠る寺であり、キジルで生地を訪れ最後にお墓を詣でるという旅にもなっている。訳経場が粗末な草葺の家だったため草堂寺と名づけられたという。現在は立派な伽藍を持つお寺になっているが、最近に建てられたものが多そうだ。鳩摩羅什は西安で多くの訳経をし、故あって還俗しここで没している。若干、正式な「感想文」にも触れているのでここでは割愛する。日蓮宗が復興に協力しており、我々の訪問は草堂寺も歓迎しているようであった。建物もどれも新しく、中の仏像も新しいようであった。ここが破仏や紅衛兵などの破壊で廃れたのか、仏教と共に見捨てられたためなのかは不明。経典を通じ縁が深い鳩摩羅什のゆかりの寺に日本が大分喜捨しているようだ。個人的には鳩摩羅什の舎利塔を納める六角護塔亭の額が「煩悩即菩提」とあったのが印象的であった(写真左)。ここでは2箇所のお堂で法味言上を行い、更に羅什舎利塔の前でも読経をし、普段は閉じられている六角護塔亭を開けて羅什の舎利塔を右繞して参詣できたのもこのツアーの魅力だった。
  時間が遅れたため予定を変更し昼食を先に食べそれからあの有名な兵馬俑博物館を見学した。敷地が広く董さんについていくだけで40分かかるというので、できるだけ見るべきものは見たいと思って董さんについていくことにした。すでに来たことのある人も多く、その人たちは自由行動になった。兵馬俑はテレビなどでもよく見ているので、特別新しい情報とか、初めて見たというものは無かったが、実物をやっと見ることができたが、もう少し余裕があればと残念だった。余談だが、中国がアメリカの議員に対するロビー活動で議員の補佐をする人たちを招待し、ここで彼らが兵隊の人形の間に入って記念写真を撮影していた。中には人形に手をかけたり、人形と同じ格好をしたり。普通なら部外者を入れない保護地域まで入れて、彼らを接待していた。日本の政府はそういう金の使い方をしない。中国人の観光客が世界中で歴史的遺産に乗っかったりして写真を撮るという傍若無人な行動が世間の顰蹙を買っているが、アメリカの議員の補佐たるもの余り変わらないと思ったのを思い出す。ちょうど天気がよく暑かったので、見終わって出口の集合場所でマクドナルドだったかアメリカ系のチェーン店でソフトクリームを6 元ぐらいで食べた。
 そう言えば昼食を食べた「老西安餐庁」では、1974年3月井戸掘りで偶然兵馬俑を発見したという人の店で本人の紹介があった。当時18歳というから今年で60歳前後だ、日本人に比べると老けて見えたが。ガイドの説明で兵士の階級で見分け方が下級の者は、お腹がすっきりし、中級の士官クラス?は腹が少し出ていて、高官は腹がでっぷり出ているとそれぞれの展示された兵を指しながら説明していたことは確かに見た目で分かるが、そういう背景は今も昔も変わらないなと苦笑い。今は自己管理が大事だと運動などで健康な体作りしている高官も多いのが違いか。他に始皇帝陵墳丘で発見された実物の2分の1 という銅車馬が展示されていたが、細部までよくできていた。肝心の秦の始皇帝の墓は、バスの車窓からみた小高い丘でまだ発掘されていないそうだ。本来の始皇帝の墓はもっと広く城壁もあり、皇帝ひとりのための宮殿のような墓だったらしい。

 そこからは、このツアーのもう一人の三蔵法師玄奘が訳経をし、その経典類の経蔵を作ったと言う慈恩寺に向かった。慈恩寺では経蔵だった大雁塔に拝観料を払って上まで登って玄奘の天竺への『西域記』の困難と多くの梵本を持ち帰り訳経に尽くした生涯に思いをめぐらしつつ、最上階で四方の西安の町並みを見た。慈恩寺の前には玄奘の銅像(写真左)が立っておりここで各々写真を撮ったりして、ツアーの終わりを惜しんだ。最後は、西安に来たからには、明の時代それまでの長安から西安と呼ぶようになり、作られた城壁が今もきれに残っている。その西門(写真右下)に寄り、上に登った。世界最大の古代城壁で、城壁は、周囲13912メートル、高さ12メートル、底の幅18メートル、頂部の広さ15メートルで、厚さが高さより大きい堅固な城壁と紹介されている。旅行最後で気分的には、観光気分で写真を撮ったりして楽しむ。西門は二重になっており、門は大型バスがやっと通れる大きさで、その中庭みたいなところにバスの駐車場となっていた。城壁の上は観光用にレンタルの自転車や電動車が走っており1 周できるそうだ。
 西門を後にして、いよいよ『さよならパーティ』だ。だが、ここで重大な発表があった。「ホテルの近くの道路工事で電気を切断する事故があり、ホテルは停電。自家発電でエレベーターと非常灯はついている。従ってホテルを探し格上のホテルが見つかったので、パーティ後はホテルに戻って引越しがあります」と。最初もハプニングだった
 が、最後もハプニングだ。せっかくいいホテルに連泊できると思ったのに、パーティ後の引越しとはと気分が盛り上がらないところもあったが、お酒が入り乾杯を重ねる内にお酒の強い文学部の女性の先生2人も即興の一発芸を発表したりしておおいに盛り上がった。某氏からは私の太極拳を期待していると言われていたが出番は無かった。私の出番がないほど盛り上がったと言え、良かった。学生一人が飲み過ぎでトイレに雪隠詰めとなっていた。
 パーティ後ホテルに戻るとイルミネーションはついていたが部屋の灯りは消え、エレベーターで部屋に戻り、用意していた懐中電灯を使い、荷物をパッキング、バスで近くのワンランク上と言われるホテルに移った。突然の予約で部屋はバラバラであった。中に入るとやや高級だなと思われるとこともあったが、全体としては同レベルのホテルだと感じた。シャワーで汗を流し、明朝の出発に備え荷物を整理して遅刻しないように目覚ましをセット。お茶を淹れて最後に残った梅干を食べた。梅干は暑さの塩分対策と胃腸対策であり、お陰で旅行中お腹をこわすようなことは無かった。今回は学生にしても高学年が多いこと海外旅行に慣れた人が多かったようで、体調を崩したような人は少なかったようだ。

10. 10日目 9月2日(金) 西安 北京(乗換) 東京

移動日なので朝食をホテルでたっぷりと食べて、7時半集合、2時間前の9:40西安空港に到着。この間バスの中で董さんが、ウルムチであった初日から前日のさよならパーティまでを振り返った。よく記憶しているなあと感心した。董さんは女子学生に慕われ、さよならテーティでは、涙を流す女子大生も多かった。正味8日間だが朝から晩まで一緒だと情が移る。我々高齢者は、そういう情は良くも悪くも薄くなっている。ここで董さんにはお別れである。彼の故郷のトルファン(だったかな)まで列車で長旅の帰路に就くという。
 空港では、バッテリーをすべて手荷物に入れたつもりだったが、携帯電話の予備電池が小袋に入れたままトランクに入れたままで、検査に引っかかりトランクからそれを出すだけで事務的に終えた。ところがこのちょっとした騒ぎで航空券とパスポートは貰ったが、後で気がつくと北京/羽田のチケットにバッゲージクレームの半券が貼ってないのに気がついた。荷物が行方不明にならなければ問題ないが、もしそういうことになると面倒だなと今更仕方ないと諦めることにしたが、北京で乗り換えるときにパスポートを出すときにカバーの裏側に手触りの違いがあったのでひっくり返すとここに半券が貼ってあった。普通はチケットの半券の裏に貼るのに、パスポートの裏とは夢にも思わなかった。(写真左)北京の空港では時間があるので、簡単な軽食とお土産と思ったが、やることはだいたい皆同じで、コーヒーショップでコーヒーとパンを買い、東屋風のベンチのところに座りおしゃべりしながら食事をし、余った時間をみやげ物屋をぶらぶらとウィンドーショッピング。パンダのクッキーなどは高くておいしくないと聞いていたので、中国らしいものとして探し天津甘栗の15袋パックがあったのでそれを買った。味見がおいてないので多少心配はあったが、本場物らしく値段からして高級品でないだろうとも思えたし、手頃と思ったからだ。これは本物かとか僅かに覚えている中国語で店員と会話をしていたら、偽ものって言うわけないじゃないと。それは分かっている会話の練習をついでに楽しんでいるだけ。
 集合時刻に搭乗口に集まり、羽田着が遅いので羽田は流れ解散にするので、ここで旅行のお別れの挨拶をすることになった。先生、事務局、ガイドには学生たちが心ばかりの謝礼を贈呈した。いつもなら我々社会人も参加するのだが、今回は相談がなかったので機会を逸してしまった。
 羽田には10時頃着いたが、荷物の出るのが遅く、皆が荷物を受け取って空港を出たのは11時頃で、私も自宅近くの駅で下車したのは日付が変わっていた。過ぎてみれば短い10日間の旅が無事終わった。引率の先生他関係者に感謝である。
終わり~
2日間のスライドショーをお楽しみください 
西安市内は激しい渋滞
軍隊の演習か軍服を来た大部隊が行軍していた
草堂寺入り口
鳩摩羅什の舎利塔のある記念碑の前で
大雄宝殿 釈迦三尊と薬師如来の東方浄瑠璃世界、阿弥陀仏の西方浄土世界を現す
本殿?で法味言上を実施
経蔵楼 日蓮宗が寄贈したものらしい
ここでも法味言上
全員が順番に焼香
草堂寺山門
鳩摩羅什舎利塔の前で法華経を読経
扁額には「煩悩即菩提」とあった
鳩摩羅什の舎利塔
大雄殿前で
秦の始皇帝像
秦始皇帝兵馬俑
兵馬俑の概観
下級の兵 お腹は出てない
中級の兵 お腹が少しでている
高級な兵 お腹がでっぷりとしている
竈の跡か 煤けている
秦始皇帝兵馬俑博物館
秦の始皇帝の陵墓
大慈恩寺 入り口 玄奘ゆかりの寺
大雁塔 玄奘の持ち帰った経典を保存する経蔵
大雁塔を登ると最上階から東西南北の西安市内が見渡せる
財神 中国の民間信仰―金運の神様も祀られている
大慈恩寺 
玄奘の像とと大雁塔(経蔵)
玄奘の解説文
大雄宝殿 釈迦と二大弟子
千手観音
西の大門「平安門」の中庭のようなところに入ったところ
門は大型バスは1台通行できる
西安の長城 西の城門 平安門
さよならパーティの一こま 社会人学生のテーブル
さよならパーティ こちらは学生ばかりのテーブル
北京空港乗換の間に休憩&昼食
北京空港 屋根に三角形の模様が見えるが明り取りの窓だった
北京空港で羽田に代わりお別れの挨拶
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